【本末転倒】タイパを意識しすぎて「中身スカスカの人生」になりかけた話

おはようございます。ココ市です。

皆さま「タイパ(タイムパフォーマンス)」、気にして生きていますでしょうか?

コスパ(コストパフォーマンス)の「時間版」として、ここ数年ですっかり定着したこの言葉。私もご多分に漏れず、このタイパ至上主義の波にどっぷりと浸かって生きてきました。

「1分1秒も無駄にしたくない」 「いかに効率よく、最短ルートで成果を出すか」

そんなことばかり考えて毎日を過ごしていたんですが……最近、ふと気づいてしまったんです。 「タイパを追い求めた結果、僕の人生、めちゃくちゃ中身スカスカになってないか?」と。

今日は、効率化の沼にハマって逆に人生の満足度が爆下がりした、僕の哀れな失敗談をシェアさせてください。同じように「なんか最近、生き急いでる気がする…」という人のブレーキになれば幸いです。

1. 映画は1.5倍速、YouTubeは2倍速が当たり前

僕のタイパ中毒が一番酷かったのが、コンテンツの消費方法でした。

話題の映画やアニメ、Netflixのドラマ。世間のトレンドに置いていかれたくないし、人に「あれ見た?」って聞かれたときに「見てない」って答えるのが悔しい。でも、じっくり2時間も座って観ている時間はない。

そこで僕が行き着いたのが「倍速視聴」です。

映画は基本1.5倍速。YouTubeの解説動画やビジネス系動画は2倍速。さらに、ちょっとでもテンポが遅いシーンや、登場人物が物思いにふけっているような「無音の間」があれば、すかさず10秒スキップ。

「よし、今週は仕事しながらアニメ2作品と映画3本を『消化』したぞ! 俺、めちゃくちゃ時間を有効活用してる!」

当時は本気でそう思って、謎の全能感に満ち溢れていました。 でもある日、職場で同僚とアニメの話になったんです。

「あの第7話の、夕日をバックに主人公が何も言わずに涙を流すシーン、最高じゃなかったですか?」 同僚が熱く語るのを聞きながら、僕の脳裏に浮かんだのは「え、そんなシーンあったっけ?」という疑問でした。

それもそのはず。僕にとってそのシーンは「テンポが遅いから10秒スキップ」したか、「1.5倍速の超高速スピードで通り過ぎた記号」でしかなかったんです。 ストーリーの「あらすじ」は知っている。結末も知っている。でも、作品の核にあるエモさや、余韻という名の「栄養素」は、僕の脳を素通りしていました。

映画を「楽しむ」のではなく、ただタスクのように「消化」していただけ。これ、ぶっちゃけ観てないのと一緒ですよね。

2. 移動時間は「常に音声学習」という呪い

タイパ信者は、いわゆる「隙間時間」を絶対に許しません。

僕の毎日の通勤時間は、片道約40分。この時間は僕にとって「インプットのための聖戦」でした。 イヤホンを耳に突っ込み、オーディオブックやポッドキャストのニュース番組を、これまた1.5倍速で聴きながら歩く。

歩きながら経済の勉強をして、ニュースをアップデートして、歩きスマホでタスク管理アプリをチェック。 「ただぼーっと歩いている奴らは時間をドブに捨てている。俺は一歩一歩、成長しているんだ」

……と、意識高い系の皮をかぶったモンスターになっていたわけですが、ある日、イヤホンの充電が切れた状態で通勤しなきゃいけない日がありました。

「最悪だ、40分も無駄にする…」と絶望しながらトボトボ歩いていたんですが、イヤホンを外して歩く街は、驚くほど新鮮でした。

「あ、ここに新しいパン屋ができてる」 「公園の木、いつの間にか青々としてるな」 「通りすがりの高校生、しょうもないことで大爆笑してて楽しそうだな」

そんな、なんてことのない景色や音が、めちゃくちゃ新鮮に頭に入ってきたんです。 それと同時に、猛烈な恐怖が襲ってきました。「俺、今まで毎日ここを通っていたのに、周囲の景色を1ミリも見ていなかったんだな」と。

常に耳から情報を流し込み続けた結果、脳みそは常に満席状態。新しいアイデアや、「綺麗だな」と感じる心の余裕なんて、入る隙間がありませんでした。 効率よく知識を詰め込んでいるつもりで、実は「目の前にある現実の世界」を1.5倍速で全スルーしていたわけです。

3. 「無駄」の中にしか、思い出は残らない

タイパを意識しすぎて失った最悪のものは、「思い出」です。

スマホのアルバムを見返してみてください。 効率よく家でネットスーパーを使って買った食材のスクショと、ちょっと遠くのスーパーまでわざわざ歩いて、道中で綺麗な猫を見つけて、迷いながら買いにいった食材。どっちが記憶に残っていますか?

最短ルートで効率よく済ませたことって、脳が「処理済みのタスク」としてすぐにゴミ箱に捨てちゃうんです。だから、後から振り返ったときに何も残らない。

逆に、僕たちの記憶に強く残っているのって、大抵が「タイパ最悪の出来事」なんですよね。

  • 旅行先で道に迷って、2時間くらい無駄に歩き回ったこと
  • 友達とファミレスで、深夜2時まで中身のない話をダラダラし続けたこと
  • 大雨に降られて雨宿りしながら、ただ雨が止むのを待っていた時間

当時は「効率悪いな」「早く終わらないかな」と思っていたような無駄な時間こそが、数年後に思い返して「あの一日、楽しかったな」と心が温まる、人生の「宝物」になっていたりします。

タイパを極めるということは、人生からそういう「愛すべき無駄」を削ぎ落とし、カサカサに乾燥した乾燥肉みたいな人生にする作業だったんだ、とようやく気づきました。

まとめ:等倍速で生きる贅沢

というわけで、今の僕は「脱・タイパ」を掲げて生きています。

映画を観るときは、スマホを遠くに置いて「1.0倍速(等倍速)」で観る。

散歩をするときは、イヤホンを外して、ただ風の音を聞いたり、他人の家の盆栽を眺めたりする。 料理をするときは、レトルトで済ませられるところを、あえて無心で大根の千切りをしてみる。

最初は「時間を無駄にしている焦燥感」がすごかったです。禁断症状みたいにスマホを触りたくなりました。 でも、慣れてくると、世界がめちゃくちゃ色鮮やかに見えてきます。

時間は有限です。だからこそ、効率よく使いたいという気持ちは痛いほど分かります。

でも、全ての時間を効率化して、浮いた時間でまた別の効率化をするなんて、まるでお金を貯めることだけが目的で、1円も使わずに死んでいく守銭奴と同じです。

浮かせた時間で、僕たちは「豊かな無駄」を楽しまなきゃ損じゃないですか。

皆さんは、生き急いでいませんか? たまにはスマホを置いて、1.0倍速の、ちょっと退屈で、でも愛おしい現実に戻ってきてみてください。

広告